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生きる力

いじめ-小中学校生活指導合同会議の原案より-

いじめ -小中学校生活指導合同会議の原案より-

とかく、子どものいじめが問題とされている昨今、
この複雑な社会状況の中、
子ども達を泳がせて行くに当たって私たち大人、
学校(教師)家庭(親)地域(PTA)は、
どう教え、どう指導していったら良いのか?

その関わり方によっては、時には1人の大人、子どもを善人にも悪人にもしてしまう。

それぞれの個性とどう関わり、どう認め、どう対処してゆくのか?

子ども達が大人になって社会人となるために、
色々な人達と様々な出会いを体験するであろう。
その体験を少しでもよりよいものにするために、学校、家庭、地域社会の在り方を
今一度洗い直し見つめ直してみる必要があるのではなかろうか?
そういう事を考えるに当たって、身近にいい事例があったので、
この問題を取り上げました。

そのいきさつ
ある特定の公園でのこと、下校後の子供達と遊んでいる外人(韓国籍)Aがいた。
決まった時間内に本人は現れては消える。
と公園は四方から誰もが見える場所、しかも白昼でのこと。
それは5年の間続いた。
その5年間にある父兄を中心として、
学校、父兄、地域、子ども達の間に不穏なうわさが飛びかった。

どちらかといえば男の子よりは女の子ばかりを相手に遊んでいる、
変な人、変わった人、いやらしい人、噂された青年Aがいた。
このAに対してのうわさが事の発端である。

そのうわさ
1.Aはこわい人物
2.知らない人には気をつけよう
3.公の掲示板(区報を掲げる)にも、悪い人、いやらしい人、Aと遊ばないようにしましょう。
4.女の子を持つ親達の訴えで、校長は何一つとして本人に確かめることなく、
朝礼の壇上で「Aには気をつけよう」と生徒達へ呼びかけた。

この不用意な発言が、Aは恐い、いやらしい人物であることを決定的にした。
子供達を守る、子供達からAを遠ざけるという理由で大人たちは、様々な手段を試みた。

その結果
子供達はそれとは知らずに、一緒に遊んでいたにもかかわらず、次第にAに対して、
痴漢、H、エロと言葉を口にし、罵る。時には唾をかける。
Aに対して不信をいだく言動が、日増しに目立ってきた。
親達の間にあっては、子ども(特に女の子を持つ母親)のことを案じるあまり
不安は募る一方、悪い人、いやらしい人、あの人には気をつけましょうと、
うわさ話として、口々に広がった。

女の子とばかり遊んでいる、それが不純につながり、
誰一人として本人に確かめることもないまま、
裏づけのない無責任なうわさは広がっていった。

その5年間、警察が動くような事実は何一つとしてなかった。

もし仮に青年Aに問題があった場合、
無責任なうわさが一人の人間をダメにするのみでなく、
子どもにまでダメにしてしまう。こうした問題が具体的に起きたとき、
私達大人はAをも含め、子供達を良くするも悪くするも、
大人の知恵と努力次第で何とかならなかったのだろうか?

この問題を巡って、幾つかの疑問を感じる
1.Aの行動がひわいなら、なぜ現場に駆けつけてでも、その場で子供を救う行動に
出ようとしなかったのか?
大切な子供達のことです、本当に子供を守ろうとする気持ちがあったなら、
その場で飛びかかってでも、殴ってでも、追い掛けてでも子供達を守るべきです。
それが私達大人の役割だと思う。

2.そのうわさをなぜ、本人に確かめなかったのか?

3.確かめもせず、なぜ簡単に信じてしまうのか?
子供達を守ろうとする気持ちがあれば、誰でも気付き次第、
即本人に直接確かめる必要があると思う。

4.しかもそれをうわさとして無責任に、なぜ簡単に流してしまうのか?

5.しかも白昼でのこと、四方八方から見える場所。それを見た、又、発見した親達は、
なぜそれをその場で注意しなかったのか?

6.注意できるだけの事実を掴んではいなかったという事ではなかろうか?

7.四方八方から誰もが見渡せる、果たしてそんな所でひわいなことができうるであろうか?

8.口汚く、H、エロと言葉にする子供達。それに出会った大人たちは、子供達の品性の
回復に関してはどう考えているのか?

9.子供達が抱いた、人間不信に関してはどうするのか?

10.Aに対しての人権擁護という点では、どう考えているのか?

11.(仮にAをひわいだと仮定して、)子の訴えに対して、親達は何をしたか?

12.そうした会話が親子間に果たしてあっただろうか?

13.その時、親達は一体何をしていたのか?
立話、うわさ話だけでは何の解決にもならない。むしろ、うわさ話を楽しんでいるとも受け取れる。

14.我が子さえ無事なら良い(とかくエゴイストな親の姿勢)とも受け取れる。

15.うわさする(騒ぐ)ほどに危機感がない。数え上げたらきりがないが・・・

この問題を少し角度を変えて見つめてみたい。


今、子供達は何かを求めて彷徨っているとは、言えないでしょうか?
子供とは本来恐ろしい、怖い物には近づかないはずです。それでも尚、本人の周辺で、
H、エロと言葉を投げかけている。これはそれまで遊んでこれたから、それなりの信頼関係
があったからこそできることではないでしょうか。

一人の男を悪者にする以前に、私達の親子関係のあり方を反省する必要がある。
もし仮にひわいな部分があるにせよ、自分と遊んでくれる、話合ってくれる優しいお兄さん。
子供達は大人との触れ合い、関わり合いを求めているとはいえませんでしょうか?

これは後から聞いたことですが、下校後、両親不在の鍵っ子と、取分けよく遊んでいた
と言うこと。親が助かる、世話になっている部分もあったはず。
子供達をしっかりと受け止めるとはどういう事か?

学校(教師)、家庭(親)、地域(PTA)にあってはどうすればよいか?
全ての責任を物言わぬ人、弱者になすりつける。とかく責任回避のこの時代にあって、
学校、家庭、地域にあっての大人として個々の役割を考えて見る必要があるのではないでしょうか。

こうした時代にあって、こうしたケースは、まだまだ今後出てくる事と思います。
Aのみならず、子供達をも含め、本当の解決を考えて、行動するとはどういう事か?
賢い明るい前向きの解決策とは何か?
これは今後の課題ではないでしょうか?
噂と言うものは恐ろしい。一人の人間を良くも悪くもすることができる。
一人の大人を徹底的に社会の片隅に追いやる事もできる。学校にあっては教室の片隅に。
誰一人としてこの青年を殴ったり蹴ったりした訳ではない。単なるうわさが一青年を傷つけた。


―真の教育を求めて―

学校長、教師をはじめ地域の教育的立場にある大人達へ
まずは教職員の問題として捉え直し、職員会議を開き、
今一度、学校長自ら朝礼の壇上にて、私達大人にも間違いや勘違い、過ちがあることを生徒たちに伝え、訂正し、詫びることこそ、真の教育とは云えませんでしょうか。
以上、僭越ではございますが、お願いを申し上げます。
失礼やご無礼がございましたら、お許し下さい。

平成16年2月19日
子供のためのPTAを考える会
主宰者 江崎 喜久枝

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