<日帰り旅行>
- 2007.08.09
- エッセイ
『和歌のひとり言』 日帰り旅行 -山-
ママは赤ちゃんだからとか、まだ小さいからとか、
そんなことは全然関係なく、山でも川でも海へでも、
どこにでも連れてってくれた。
私はまだ自分で歩くこともできないし、
同じ場所にいることしかできない。
でも、なんでも大人と一緒に楽しむことができた。
私をバギーに乗せると、朝一番の電車の切符を買って、
できるだけ遠くへ連れてってくれた。
電車の窓から見える景色を見ているだけで退屈しなかった。
はじめ、ビルや町がすごいスピードで流れていく。
そのうちに、だんだん緑が多くなり、
目の前の景色が広がっていき、
ゆっくりと田んぼや川が見えてくる。一時間もすると、もう山につく。
山につくと、すぐ木の枝と枝の間に、
ベビージャンパーを吊るしてくれ、
そのヒモに私の身体を結びつけてくれた。
東京とあたりの景色が違うだけで、
ゆらゆらゆれる公園のブランコと同じだった。
手には、固めのおやつを持たせてくれ、
それをなめたり、食べたりしながら、
私は私で、あたりの景色を見たりしながら遊んでいた。
風に運ばれながら、どんどんいろんな形に変わっっていく雲、
青い空は、青い海。
母鯨の腹の下を、たのしげにたわるれながら、
青海原をゆったりと泳いでいく子鯨雲は、まるでママと私みたい。
風に吹かれ、シャボン玉のように飛ぶタンポポの綿毛。
いろんな色のとてもきれいな鳥が、
すき通ったきれいな声を出しながら、
木の枝から枝へ音楽が流れているみたいに飛んでいく。
ブランコから下りて、さわったり、つかまえたりしたくなる。
早く、大きくなりたいなあ~。
なんて思っていたら、ちょうどママが戻ってきた。
ママはオヤツがなくなりかける頃、戻って来ては、
ママ 「ホラ、今度はこれ食べてごらん。」
と、また別のオヤツを手に持たせてくれると、
私を地面に下ろして、オムツを替えると、
すぐまたいなくなる。
私 「ママ、もう少し、ここにいて!」
と言いたいんだけど、
ママ 「もう少し待っててネ!いい子ネ。」
というと、大きなビニール袋を持って、サッといなくなってしまう。
ブランコの下を見たこともない長い長いものが
スーッと静かに通りすぎていく。
私が後ろ向きに振り返ると、
なんだか見かけたことがない子だな、と向こうも振り返る。
頭の先が丸くとんがって、そこから先は長い長いシッポ。
どこからどこまでがシッポなのだろうか。
考えているだけでヘビさんのように時間がスーッと過ぎてゆく。
どうやら青大将というものらしい。
何となく、薄気味が悪く、恐くなって、
「ママはどこかな?」探してみたりした。
遠くの木陰から木陰へ、動く人影、
ママはママで、セリ摘みをしたり、ワラビやウド、ゼンマイ、
山菜を摘んだりして遊んでいた。
袋がいっぱいになると、時々もどって来ては、
めずらしものを見せてくれた。
「和歌ちゃん、ホラ、見てごらん。」
と、握っていた手のヒラをパッと広げると、
青い小さな生き物が、ママの手のヒラから田んぼに、
「ピョン!」
どうやらこれが、青ガエルというものらしい。
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『和歌のひとり言』 日帰り旅行 -海-
海へ行く時は、朝早くか夕方涼しくなってから。
本物の花火を見たときは、暗闇でドカーン。
唯々恐いだけで泣いていた。
何もきれいだとは思わなかった。
波打ち際から、初めて見る海は感激した。
ザブーン、ドドーン、
よせては返す大波小波、音も形も、まるで白い花火のようだった。
ママは、波打ち際に深い穴を掘って、
天然のプールを作ってくれた。
公園のお砂と違って、なめるとザラザラとして、
しょっぱい砂と、しょっぱい水ははじめてだった。
深い穴の中の砂を波がさらって、深くなったり、浅くなったり。
砂の穴から、カニが出たり入ったり。
小さな穴から小さなカニ、大きな穴から大きなカニ。
カニさんのパパとママ、
小さな赤ちゃんのカニさんは、まるで私みたい。
ママは、バケツの中にカニを次々につかまえては、ためていった。
それをプールの中に全部放すと、ハサミでコチョコチョ、
足の裏がくすぐったかった。
魚もつかまえてはプールに入れてくれた。
お腹がすくと、オニギリを食べたり、スイカを食べたり。
どんなにお行儀が悪くても、大丈夫だった。
よせては返す波が、サラサラと片づけてくれた。
お腹がいっぱいになって、
水平線のカモメもブイに止まって、休む頃、
ママは、水平線のずっと向こう、
真っ赤な夕日が、海の底に沈んでいくのをいつまでも見つめていた。
ずっと海の底深く沈んで、海の底が赤くなりはじめた頃、
ママは、
「和歌ちゃん、きれいだったでしょう。もう帰ろう。」
-と。
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